2016年02月27日

『武州通信』第229号

 風邪をひき、十年振りに寝込んでしまった。幸い授業には差し障りはなかったが、身体の具合が悪いってこういうことか?などと改めて思った。ともかく横になると即座に寝入ってしまうのである。ふと、もしかして老衰とはこんなことの延長上にあるのかな? なんて妙に感じ入ったりする数日間であった。

《都立高校入試・マークシート方式》の巻

 受験を終えた中学3年生に「今年の都立入試の問題どうだった?」と訊く。すると「別に…、過去問とあまり変わってなかったよ。やるだけのことをやっただけ」と何ともそっけない返事である。まぁ、僕が気にかかった理由は、今年の都立入試の制度がずいぶん変わったので、それにともなって試験内容も変わったのではないかと心配したからである。とはいえ、都立入試(2月24日)翌日の新聞の朝刊には試験問題と解答が掲載されており、あまり傾向に変化がなかったことはおおよそ分かっていたのだが…。

 ところで、今年の都立入試制度の変更のポイントは、
【ポイント1】:全日制の全校で学力検査は英数国理社の五教科受験となった(これまではコース制や工業高校など専門高校のなかには英数国の三教科受験の高校も多くあった)。
【ポイント2】:換算内申点は、英数国理社の五教科は1倍のままだが、実技教科(美・体・音・技家)は2倍で計算することに(これまで実技教科は1.3倍で計算されていた)。
【ポイント3】:学力検査点と換算内申点の比率は全日制の全校で一律「7:3」になった(これまでは高校によって「5:5」「6:4」「7:3」とばらばらであった)。
 まぁ、これらのポイントからは、高校によってまちまちであった制度を統一し、システムを簡素化するという行政の意図が見えてくる。ところで、次の、
【ポイント4】:学力検査試験の選択問題はマークシート方式を採る。
 この制度変更は、一昨年(2014年)、全国の公立高校入試の採点ミスが大量に見つかったことに起因している。都立高校も当然例外ではない。2012年度から2014年度の3年間で、学力検査を実施した都立175校中の165校で3054件の採点ミスが発覚し、その内18校の22人が誤って不合格にされていたという。その後、昨年(2015年度)は採点ミスが起きないように細心の注意を払ったのだろうが、それでも1064件の採点ミスが見つかり(幸いにも昨年は合否には影響はなかったようだが)、従来の採点方式では限界があることがますます明らかになったのである。

 これまでも受験生からしばしば「高校入試って採点ミスはないの?」と質問され、僕はそのたびに「都立高校では一枚の答案を4人の先生がチェックしているから心配しなくていいよ」と答えていたのである。すると生徒は「そうだよね、大丈夫だよね」とホッとした表情になるのだった。かくして、僕はとんでもない大嘘つきだったことになる。トホホ…。ともかく、4人の教師がチェックしてもこれだけの採点ミスがあるということは、人間の作業はいかに杜撰か、ということを証明してみせたことになる。そこでいよいよコンピュータの出番である。選択問題はマークシートでコンピュータに読み込ませ、採点する。また、記述式問題も一部コンピュータを利用するらしい。これで高校入試に採点ミスは激減? そうなることを期待する。

 ところで他方、大学入試は集団討論やプレゼンテーション、それに記述式を増やすことで、「従来型の暗記偏重の学力」を測るテストを減らし、「知識を活用し自ら課題を解決できる能力」を測るテスト方式に改めるという。これらはコンピュータの苦手な分野である。結局、杜撰な人間先生が判断するしか方法はない。さてどうするのかな?

 かくして教育行政は右に左に揺れ動く。相も変わらず、である。でも、もう考えるのは嫌になった。一昔前までは教育行政についていろいろ考えたものだがもう止めた。だって、事態はいつも何事もなかったかのように黙って進んでいくのだから。今回も、そしてこれからも、きっと…。

(斉藤 悦雄)

【インフォーメーション】
 3月5日『オアシス武州』 7:00pm 〜
  テーマ :「知らない」ではすまされない『マイナンバー制度』
  お話  :清水智徳さん
 3月12日『武州大学』  7:00pm〜
  テーマ :『司馬遼太郎が描かなかった幕末』を読む
  レポート:竹内秀夫さん

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2016年01月04日

『武州通信』第228号


 明けましておめでとうございます、…と書きながら、少しも新しさが感じられないから困ってしまう。歳ですかねぇ。
 それにしても、今年は暖かいお正月。天気予報では今日は3月から4月並の気温だとか。やっぱりお正月とは思えない年の幕開けですね。

《だらだらとお正月》の巻 

 いくらなんでもそろそろ武州通信を書かなくては? と、昨年末から考えていたけれど、一向に内容も定まらず、気持ちがちっともそちらに向かうことなく正月を迎えることとなった。これって結構辛いものがあって、やらねばならないことがあるのに少しも先に進まない、その結果だらだらと時間だけが過ぎてゆく。 

 1月2日、パソコンに向かいつつ、腕を組んで考えている振りをして、実は何も考えていない自分…。あぁーもう止めた。ついには逃げろや逃げろ、と逃げの一手。ソファーに寝転び、又吉直樹の『火花』を一気に読む。
 昨年の第153回の芥川賞は又吉直樹の『火花』と羽田圭介の『スクラップ・アンド・ビルド』のW受賞、直木賞は東山彰良の『流』。

 さて、お笑いコンビ“ピース”の又吉直樹の『火花』は受賞以来売り上げ160万部突破だという。160万部? それを聞いただけでもへそ曲りの僕は買う気が失せる。じゃぁ、どうして読んだの? それはね …、大晦日に卒業生の愛ちゃん(第15期生)が久し振りに武州に顔を見せ、話が弾むなかで「これすごく良かったよ。読んでみます?」と。それが『火花』。僕は、この本が気にいらないからではなく、ただへそ曲りだから買わないわけで、こういうチャンスが訪れると、即座に「うん、読む読む」と二つ返事で借りることになる。

 僕はお笑い番組は苦手である。みんながゲラゲラ笑っていてもちっとも面白くない。いや、たまには思わず微笑んでしまうものもあるにはあるけれど…。何かといえば裸になり、変顔をし、言葉にならない言葉を捲し立て、何でもいいから笑いを取ろうとするあの浅ましい姿は何故かいじましく悲しくさえなる。ともかく何が言いたいのか僕にはさっぱり分からないのである。そのお笑い芸人の又吉君が芥川賞? 気にならないわけがない。 

 さて『火花』― ひとを笑わせることに命を賭けている、その姿だけはひしひしと伝わってくる。なるほど、こうして しのぎを削って寝ても覚めても笑いのネタを考えているんだね。まぁ、それがどうした、と思わないわけでもないけれど、そう言っているだけでは済まされない気分がもくもくと湧き上がってくるのである。僕にそんな必死さがあるのだろうか?と。ないなぁ、やっぱり。自分に興味がないことでも必死で生きている人を侮ってはならないのである。何かに人生を賭けられるのは素敵なことに違いない。そうは思ってみても、僕はお笑い番組はやっぱり苦手である。こうした矛盾した気持ちを際立たせるのが僕にとっての『火花』であった。

 こんな偉そうなことを書きながら、お前に『火花』を超える文章が書けるのか?と言われれば、とっ、とんでもない。こんなつまらない『武州通信』でお茶を濁しているではないか。芥川賞を舐(な)めんなよ、だ。 

 1月3日、酔った頭で、だらだら過ごした正月を苦々しく反省しつつ、又吉君に刺激され、もたもたと『武州通信』に向かう。
 武州の事務室、いや喫煙室にはデザイナーである先の卒業生・愛ちゃんからの贈り物・2016年の「カレンダー」が新年を彩っている。彼女から毎年いただいているカレンダーだが、1月は新品、12月になると煙草の煙で茶色に変わるのが何とも悲しい。この美しいカレンダーもそうなることは請け合いである。何だか愛ちゃんに申し訳ないなぁと思いつつ、感謝の思いをこめて真新しい暦に魅入る。

 そして、1月4日、いよいよ冬期講習の後半の授業が始まる。だらだら過ごすのは昨日まで。今日からは僕も命を賭けての授業なのだ。お前はもう歳だから無理するな?ですと。何をおっしゃる。生徒には真剣に向き合うのが最低限の礼儀なのだ。僕にとって最も大切にすべき相手はほかならぬ目の前の生徒達なのだから。
 さてと、まだまだ『火花』に負けず、今年も命の“火花”を輝かせることにしよう。

(斉藤 悦雄)

【インフォーメーション】
 2月20日『武州大学』 7:00pm 〜
  テーマ :司馬遼太郎の歴史小説の背景
       〜『歴史のなかの邂逅』などから背景を探る〜
  レポート:田口雄一郎さん
 3月5日『オアシス武州』 7:00pm 〜
  テーマ :「知らない」ではすまされない『マイナンバー制度』
  お話  :清水智徳さん
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2015年10月27日

『武州通信』第227号

 今号は前号の続きです。“兵どもの夢” は何も政治家や男ばかりが見るわけではありません。今号はそんな“兵の夢”の話です。

《「大磯」探索、澤田美喜記念館》の巻
〜 続々:書を捨てよ、町へ出よう。part 2 〜

 今回の「大磯探索」の発案者である紺野さんには、どうやらある思惑があったようです。澤田美喜の二面性を探る? 澤田美喜ってどんな女性? まぁ、それについては後ほど触れることとして、まずは腹ごしらえを…。

 紺野さんが予約しておいてくれたのは、大磯駅近くの、なんと『大磯迎賓館』でした。注文したのはピッツアでしたがオードブルからデザートまで、ゆったり2時間ほどかけてちょっぴり貴族気分。とはいっても、われわれはやっぱり庶民です。さまざまなピッツアをみんなで取り分けて「うわー、これ美味しいー!」とわいわいがやがや雑談に花が咲きます。                      

 さて、腹ごしらえもすんだところで、いよいよ最終目的の『澤田美喜記念館』へ。澤田美喜は三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の孫であり、夫は外交官の澤田廉三、つまり生まれながらの貴族階級出身です。また、彼女は終戦直後には、「エリザベス・サンダース・ホーム」という施設を設立し、駐留した米兵と日本人女性の間に生まれた混血孤児を引き取り養育した聖女として知られています。

 澤田美喜記念館には、クリスチャンだった澤田美喜が収集した800点にも及ぶ“隠れキリシタンコレクション”や“エリザベス・サンダース・ホームの資料”が展示されています。江戸時代の“踏絵”のほかに、幕府の目を盗みながら作った数々の隠れキリシタンの工夫の跡が何とも面白い。表は仏像や武将の像なのに裏や見えない部分に十字架やイエスの像が刻まれていたり、刀の鍔(つば)に巧妙に十字架を忍ばせたり、さまざまな知恵を働かせています。参加者からは「これを作った人は怖かったかもしれないけれど、どうやって見つからないように作るか工夫しているときは、どきどきわくわく楽しかったんじゃないかなぁ!」というひそひそ声も聞こえてきます。なるほどそうかもしれませんね。見た目はただの鏡だけれど、光を当てると壁面にキリストの像が写し出される“魔鏡”など、確かに作った当人は楽しかったに違いありません。それはともかく、これだけの遺品を集め、混血孤児のホームを開設するためには、かなりの信仰心と使命感があったことは否めません。

 しかし紺野さんは澤田美喜の二面性も指摘します。7月の『武州大学』のとき「澤田美喜はホームの開設資金を得るためにGHQの諜報組織に日本の情報を提供していた(スパイ行為をしていた)」と言うのです。そのときの武州大学のメンバーの反応は「本当かなぁ?」と半信半疑でしたが、大磯探索の当日、紺野さんは『朝日新聞』(9/8)の「沢田美喜に『もう一つの顔』?」という“GHQの諜報局と澤田美喜との関わり”が書かれた記事のコピーを配ってくれたのです。確かに考えてみれば、終戦直後、財閥は解体され、貴族制度も廃止され、太宰治の『斜陽』ではないけれど貴族が没落する時代に、ホームを開設したり、あれだけのコレクションを集めるためには、GHQと何らかの取引をしなければ不可能だったに違いありません(とはいえ彼女の信仰心や使命感を貶めるつもりはありませんけれど…)。かくして紺野さんの狙いはどうやら達成されたようです。やっぱり紺野さんの知見は幅広いですね。

 何はともあれ、最後に理想と現実の狭間で信仰を貫こうとする澤田美喜の思いに触れ、われわれに歴史の複雑さを考えさせ、大磯探索は見事に完結したようです。紺野さんの素敵な企画に感謝に次ぐ感謝です。(おわり)

(斉藤 悦雄)

 【インフォーメーション】
 11月14日『武州大学』 7:00pm 〜
  テーマ :ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』を読む part.4
  レポート:石本朋子さん
 12月5日『オアシス武州』 7:00pm 〜
  『忘年会』
 ※関心のある方は是非参加してください。

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