2017年06月19日

『武州通信』第240号

 どうやら色も興亡するみたいですね。最近では「肌色」という色言葉は存在しない。確かにね、グローバル化した現代には不似合いですよね。世界には異なった肌の色をした人がいるのだから。で、今では「ペールオレンジ」とか「うすだいだい」とか言うらしい。言葉は世につれ …、何だか感慨深い気分がしてきます。

《武州、あしながおじさん?》の巻 

 そうそう、“あしながおじさん” なんて書くと、誰でもジーン・ウェブスターの小説『あしながおじさん』を思い浮かべますよね。まぁ、まったくそれと関係がないわけではないのですが、そもそもあの小説は、匿名の資産家が孤児院で育った少女ジュディに(毎月一回手紙を書くという条件で)奨学金を与えたというお話ですから、貧乏武州にそんな資金力を期待されても…。武州にあるのは心だけ、いや心をこめた授業だけ。… と言いつつ、その心も時にはすれ違い、思ったようにはいかないことも。というわけで、“奨学金のあしながおじさん” だけでなく “心のあしながおじさん” にもどうやら僕は相応しくなさそうですね。では、「武州、あしながおじさん」っていったい?

 皆さんご存知の通り、武州では年に4回『オアシス武州』という会を開いています。その内の2回(6月と12月)は特にテーマのないただのお楽しみ会ですが、そこに可愛いおチビちゃんが来てくれるのです。おチビちゃんと言っても、もう小学3年生になった上遠野颯(かどの・そう)君と幼稚園児の楓(かえで)ちゃんの兄妹です。この二人のお母さんは武州卒業生の上遠野宏美さん(第11期生で旧姓は河原崎、だから通称ザキちゃん)。そして、このお楽しみ会にはザキちゃんのご主人の巖さんもご一緒に家族4人で参加してくれます。颯君がお腹にいる頃から欠けることなく。 ー ところで、その颯君はずっと小さい頃から電車が大好き。電車の話となるとまん丸な瞳がますます丸く真剣そのもの。京王線の駅名はほとんど(全部かな?)覚えているのではないかと…(そのほか新幹線なども)。ともかく本当に良く知っていて、話を聞いていてもマニアックすぎて鉄道音痴の僕にはさっぱり分かりません。

 さて、数ヶ月前のこと。武州の玄関扉に一つの袋がかかっていたのです。名前も何も書いてないので一瞬??? でも僕にはすぐに分かりました。中には京王線のちょっとしたグッズや招待券が入っていたのですから、間違いなく卒業生の橋本実君(第18期生)からです。実君は現在、京王電鉄に勤務しています。京王電鉄? そうです、颯君の大好きな京王線の会社です。じつは(ずいぶん前のことですが)実君が武州に顔を見せたとき、京王線大好きな颯君の話をしたことがあるのです。そのとき彼は「子どもは大きくなると興味が広がるからいつまで鉄チャン(鉄道ファン)でいてくれるかなぁ?」と嬉しそうに顔をほころばせていたのですが、それからしばらくして京王線グッツを持って来てくれたことがあったのです。そして今回の無言の袋も…。前回も今回も颯君は大喜びです。「橋本さんにお手紙書くね」と、とても可愛らしい手紙を書いたこともあります。何はともあれ、名前は覚えても、まだ見ぬ橋本さんからのプレゼントです。本当に小さなことだけれど、心のこもったプレゼントです。だから “橋本さん” は颯君にとっての「武州のあしながおじさん」なのかも? と僕は思っているのです。

 確かに(実君が言うように)時間が経てば興味が広がって忘れてしまうこともあるでしょう。でも詩人で小説家のハンス・カロッサは言います。「人は最初の10年間に愛し行なったことを、終生愛し行なうであろう」と。なるほど、そうかもしれませんね。きっとそれは、折に触れ思い出す“心の故郷”のようなものでしょう。そして心に秘めた故郷の景色にはひととの想いがいっぱい詰まっているに相いありません。だから、颯君が大きくなって大好きだった京王線に乗ったとき、子ども心に深く刻み込まれた心的印象として、突如 温かい “何か” が甘酸っぱく胸に去来するときがあるかもしれません。

 ひとは、深く強い関係の結び目のその奥に、淡く緩い関係の結び目が幾重にも折り重なって心の襞を紡いでいるような気がするのです。 ー 「こんな気持ち遥か昔にも感じたことあるなぁ。何だろう?」と、何だか心がキュンとして懐かしくなる瞬間ってありませんか? もしかして、それって、子どもの頃いつか出会った 、あの “あしながおじさん” からの(差出人無記の)、ちょっと小粋な “贈り物” だったりして …。           

(斉藤 悦雄)

【インフォーメーション】
6月24日『武州大学』 7:00pm〜
     テーマ :H・ケルゼンの『純粋法学』を考える part.1    
    レポート:梶原真秀さん
7月29日『武州大学』 7:00pm〜
     テーマ :H・ケルゼンの『純粋法学』を考える part.2    
    レポート:梶原真秀さん
posted by 武州ゼミナール at 11:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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