2017年03月19日

『武州通信』第238号

 2月16日、炉心溶融(メルトダウン)した東京電力福島第一原発の2号機の格納容器内にロボット(通称「サソリ」)が投入された。しかし、サソリは毎時210シーベルトを計測しつつ、もたもたと2メートルほど進んで駆動部に堆積物が入り込み 動けなくなった。毎時210シーベルト? これでは、当然(10シーベルトで致死量だとかで)人間は入れないし、ロボットは故障するし…。な、なんと先が見えないことか。

《原発ゼロ社会への道》の巻 

 東日本大震災、福島第一原発事故から早くも6年が経ちました。しかし、現在でも原子炉の内部がどんな状態になっているのか分からない。それにもかかわらず「原子力規制委員会」の“新規制基準”の下に原発の再稼動の動きが活発になっています。“新規制基準?” 本当にこれで過酷事故を防げるんだろうか。福島の原発事故が何も検証されていないのに…。こんな思いが錯綜する中、3月4日(土)の『オアシス武州』は滝谷紘一さんに「原発ゼロ社会への道」と題してお話していただきました。

 滝谷さんは、長年、川崎重工業の原子力部門に勤務され、その後、国の「原子力安全委員会事務局」で規制業務に携わってこられた原子力関係の専門家です。ところが、2011年に発生した福島原発事故に衝撃を受け、今では「原発ゼロ社会」を目指す市民活動の「原子力市民委員会」に参加し、原発廃棄への道を模索しています。福島原発の事故は、果たして専門家である滝谷さんの目にどのように映り、滝谷さんをどのように豹変させたのでしょうか。

 事故が発生した当初は滝谷さんも正常性バイアス(きっと何とかなるだろう)という心的機制が働いていたと言います。しかし深刻さが増していくにつれ、これは専門家でも対応できない “だだならない事態” が起こっているのでは?と疑問が膨らみ、その後、政府の “新規制基準” の検討に力を注ぐようになったようです。その具体的な内容は、雑誌『科学』や『エコノミスト』などに掲載され、新規制基準のいかがわしさを証明しています。当日も参加者の質問に答える形で、専門家といえども事故が起こるまで分からなかった幾つかの事例を挙げ、一つ一つ丁寧に説明して下さいました。それは我々素人にも分かり易く、滝谷さんの明晰かつ実直な説明に参加者一同、ますます確信が深まっていったようです(紙幅の関係で具体的な内容を書けないのが残念ですが)。こうして、当日は「安い、クリーン、安全」という旧来の “原子力神話” が次々と崩れ去った時間でもありました。そして、故事(「易経」革卦)に言う「君子は豹変す」とは滝谷さんのような誠実な人を言うのだろう、と改めて…。きっとそういう方だからこそ言葉に重みがあるのでしょう。
 お話の最後に、滝谷さんは次のように提言されています。
 
 ★電力エネルギーのあり方
@原発をゼロとして放射能災害の再発を防ぐ
   福島原発事故後、原発稼働ゼロでの電力需給が全国的に定着。
A総需要量を低減する
   産業分野と家庭での節電対策をさらに進める。
B地球温暖化対策を強める   
   再生可能エネルギー発電を増やし、化石燃料発電を減らす。

 おそらくこれがあるべき「電力エネルギーのあり方」なのでしょう。それにしても、なぜこのような提言が実現できないのでしょう。参加者からは「きっと原子力ムラの利益が関与しているに違いない」と。滝谷さんも「背後に何かがあって再稼動ができるように新規制基準を策定しているからだろう」と予測します。また「原発がある限り、国民に負担を強いることで彼らの利益に確実に繋がっているのではないか」とも。何はともあれ、原発は専門家にも捉え難く、人間には始末できないとんでもない代物であることは間違いありません。だからこそ、滝谷さんのような誠実な専門家の意見はますます重要であり、「原発ゼロ」を訴える活動を広めることが大切なのは疑いありません。

 ところで、「まず、再稼動ありき」という政府の政策に対しては、“原発問題そのもの” を取り出して反対し続けるだけではおそらく活路は見いだせないような気が(僕には)します。滝谷さんのお話からボンヤリと浮かび上がってくるのは、“原発問題そのもの” を超えた、より巨大で深い闇を抱えた “戦後日本” その奇怪な姿なのかもしれませんね。            

(斉藤 悦雄)

【インフォーメーション】
4月29日『武州大学』 7:00pm〜
    テーマ :「日本」をめぐる思想史。part 2    
    レポート:斎藤公太さん
posted by 武州ゼミナール at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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