2016年08月02日

『武州通信』第233号

 朝日新聞(7/27)の『折々のことば』に「世界に対する期待が低いと、幸福を感じるのもわりとかんたんなのかも」という言葉が…。なるほどそうかもしれませんね。もしかしたら、幸福は日々の生活の中に目立たずひっそり佇んでいるのかもしれません。
 まぁ、そうは言っても、世界に関心がなくて良い、というわけにもいきませんけれど…。

《言葉、この不思議で面白いもの》の巻

 街を歩いていると、遠くから 「おーい、早く来いよー」という声が聞こえてくる。見ると、2人の小学生らしい子が道路の反対側から仲間に向って叫んでいる。信号は赤なのに…。そして、こちら側の子どもはというと、困ったような様子でうじうじ迷っている、まだ赤信号のままである。「待った方がいいよ」と声をかけようかな? すると、すかさずまた向こうから「何やってんだよ、みんなで渡れば怖くない、って言うだろ」と。僕は、その言葉に “えっ” と思わず歩を休める。あの子達おそらく小学生だよな。「赤信号みんなで渡れば怖くない」というその言葉は1980年にビートたけしがはやらせた流行語である。僕は、たった今小学生の口からその言葉が漏れ出たことに、事の善悪を通り越して面白さを感じてしまう。そうか、もしかしたら、親から子へ、子から孫へ、と連綿と語り継がれてきたのだろうか? そう思っただけで、注意するのも忘れて何故か顔がほころぶ。

 武州の国語の授業では、時としてどう説明したら良いのか戸惑うことがしばしば起こる。先日も中学三年生の田中理央ちゃんが、突然 「 “概念” ってどういう意味?」と質問する。「うーん、概念かぁ、それは “物事の本質のこと” なんだけれど…」と口ごもる僕。そうなのだ、そうした言葉を使ったことのない生徒に、その言葉の意味を教えることはとても難しいのだ。辞書を引いて見せても厄介な表現すぎて、理央ちゃんの頭はますます混乱するばかり。それに、辞書から得られる情報は確かに間違ってはいないのだが、文脈によっては何だか 微妙にズレているような気がすることも多いのだ。うまく教えられなくて 理央ちゃんゴメン。結局、言葉の習得は日常生活で使い馴れるのが一番のコツなのだろう、と思う。かつて「先生なのに教えられないの?」なんて不満顔で訴える生徒もいたが、そうなのだ、教えられないこともたくさんあるのだ。

 ところで、また別の意味で考えさせられることも時々起こる。もうかれこれ20年ほど前になるのかな、当時の中学二年生にジットンという愛称の明るく活発な女の子がいた。その子があるとき 「 “虚しい” ってどういうこと?」と呟くように言うのである。生徒達はみんなキョトンとして「頭のいいジットンが “虚しい” って言葉を知らないなんて」と一斉に顔を見合わせる。すると彼女は「ううん、分かるよ。胸がもやもやして悲しいって言うか、心に穴がぽっかり開くって言うか…。何となく分かるけど、でも、それってどういうことなの?」と首を傾げるのである。「そうか、なるほど、ジットンはこれまで虚しい気持ちになったことがないんだね。それって、ずっと幸せだった、ってことだよね」と僕。そのとき、何だか “彼女の屈託のなさの一端” にちょっぴり触れた…、ような気がした。そして、これが僕にとって忘れられないひとコマになった。果たして彼女は、そして当時の生徒達はこの出来事を覚えているのだろうか?(いつか会う機会があったら聞いてみたいと密かに思う)。人生にはいろいろなことが起こるものである。おそらくあのジットンもその後の生活の中でいつしか虚しい気持ちを覚えたことだろう。そして、“虚しさ” が時として “自らを省みる一服の薬” になりうることも…。それにしても、言葉の意味が何となく先に分かり、実感が後からついてくる、こんな不思議なこともあるんですね。

言葉って本当に不思議で面白いですね。おそらく、これまでに読書を含め言葉を日々どれだけ多く操ってきたかにかかっているに違いない。それも日々の生活や読書の中で “知らないうちに” いつの間にやら身についてしまうもの、そして、それゆえ、“知っている” ということの曖昧さや怪しさも…。しかも言葉を手にした後に実感が訪れることも。言葉の不思議、それは子ども一人ひとりの言語体験によって、幾重にも重なりつつも、それぞれ僅かずつ異なっているということ。言葉の獲得って誰でもみんながすることなのに、それでいて結構 “微妙” で “複雑” なものなんですね。                  

(斉藤 悦雄)

【インフォーメーション】
9月10日『武州大学』  7:00pm〜
   テーマ :『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を考える。part 3
   レポート:斉藤悦雄
9月24日『オアシス武州』7:00pm〜
   テーマ :『地方創生の現場から』〜埼玉県横瀬町の地方創生〜
   お話  :富田能成さん(埼玉県横瀬町町長)

  ※関心のある方は是非参加してください。
posted by 武州ゼミナール at 17:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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