2016年04月09日

『武州通信』第231号

 花散らしの雨が通り過ぎ、弾かれたように様々な色彩が四方 八方に。どうやら、万物萌え出ずる季節がやって来たようです。 

《猫の絵、そして招き猫》の巻 

 「吾輩は猫である。名前はまだない。」この4月から朝日新聞で夏目漱石の『吾輩は猫である』の再連載が始まった。今年は漱石・没後100年に当たるのだそうです。猫といえば、高円寺に『猫の額(ひたい)』というまさに猫の額ほどの小さなギャラリーがあり、そこには猫をモチーフにした作品が所狭しと展示されています(ギャラリーだから「額(ひたい)」と「額(がく)」を掛けての「猫の額」なのかな?)。

 心地よく晴れた4月2日(土)、僕はそこに猫の絵を見に行ってきました。猫が好きだから? いや、特に好きなわけではありません(もちろん嫌いなわけでもありませんが…)。じゃあ、どうして? それはね、武州の卒業生の加藤ゆずちゃん(第24期生)の個展が開かれていたからです。ゆずちゃんは大学の造形芸術学部を出て更に大学院に進み、その後もたゆむことなく絵画の道を歩んでいます。

 「こねこ王の肖像」、どことなくゆずちゃんに似ています。思わず絵と本人を見比べてしまいました。左右の目の色が違うオッドアイ、その輝きがとても綺麗で、まるで宝石を見ているようにその目の中に吸い込まれてしまいそうです。それに、あの猫、この猫、すべての猫の柔毛(にこげ)がふわふわしていて、不思議な温もりが漂ってきます。しかも一枚一枚の猫のたたずまいがどれも何とも可愛いのです。まるで おとぎ話と現実がメビウスの輪のように表になったり裏になったりする世界と言ったら良いのかもしれません。これでは、猫好きな人は堪らないだろうなぁ、きっと。ギャラリーの店長さんは「加藤さんの絵にはたくさんのファンがついているんですよ」と。特に猫好きでもなく絵画に素人の僕でさえその言葉に思わず納得。僕もすっかりファンになってしまいました。
 ところで今回の個展のタイトルは『恋する窓辺』。ゆずちゃんは猫が主人公の同名の絵本(温かくもちょっと切ない物語)も書いています。

 どうやら猫は幸せを招くらしいですね。招き猫、右手で招くのは金運を招き、左手で招くのは人を招く、と。武州の片隅にも17年前に「武州ゼミナール20周年記念」として塾仲間から贈られた招き猫が一匹住んでいます。ところが、この猫、いつも両手を挙げてバンザイしていて(だから“両招き”といわれるのですが)、どう見ても“お手上げ”しているようにしか見えません。きっと、そんなに欲張るんじゃないよ、と僕を諭しているのでしょう。いやはや…。実際、金運のほうは一向にままならず。でも、どうやら人のほうは招いてくれているようです。今年度は、中学の教科書改訂の年で僕の手製のテキストも大改訂しなくてはならず、このところそれにかかりきりで、もうくたくた。でも、この日、武州のテキスト作りの疲れを、ゆずちゃんの猫の絵画でリフレッシュできたわけですから、やっぱり武州の猫は人招きが得意なんでしょうね。武州での疲れを武州の卒業生が癒してくれるって、なかなかいい感じでしょう?

 こうして、あまり起伏に富むとは言えない僕の人生に、一陣の楽しい風を送ってくれるのは卒業生です。今回も一通の案内状から、普段はなかなか会えないゆずちゃんと語り合うことができました。このように卒業生のその後の軌跡や成長を感じられるのは僕にとって最高の喜びです。素敵な猫の絵に感動しながら、なぜかそんな取り止めのない想いが胸中に浮かんでくるのです。

 ところで、ゆずちゃんとの再会を招いてくれた武州の猫も、漱石の猫と同じく「名前はまだない」。猫ちゃんゴメン、そのうち名前をつけてやるよ。
 
(斉藤 悦雄)

【インフォーメーション】
4月23日『武州大学』 7:00pm〜
   テーマ :幕末、江戸幕府の対外外交
   レポート:竹内秀夫さん
5月 7日『武州大学』 7:00pm〜
   テーマ :真の『積極的平和主義』とは何か
   レポート:吉岡志朗さん

  ※関心のある方は是非参加してください。
posted by 武州ゼミナール at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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